2011年08月03日
しょうたくん出発
今までの弟子型居候の中でも、一番長いしょうたくん。
一番最初に来廃したのはまだ廃材天国が建設中の07年。
稲刈りの時やった。
その時は2、3日。
次は翌年の大勢での手植えの田植え。
その後、長期で自給的な生活、薪の生活、廃材建築などを経験するために居させて欲しいということで半年ぐらい色々手伝ってくれた。
ウチの後もアチコチ行って経験を積んで、今回の廃材建築にはちゃんと日当を払う約束で呼んだ。
実際一ヶ月半近く居てもらって、廃材建築はもとより田植え、ピザの出店など、色々手伝ってもらった。
ほんとに助かったーーー。
自給自足や廃材建築よりも何より、ウチと彼の繋がりは「デモクラティックスクール」。
姫路のちょっと北にある市川町の「まっくろすろすけ」の卒業生と彼は仲がいい。
僕も05年にまっくろくろすけに行って衝撃を受けて、本家デモクラティックスクールのボストンにある「サドベリーバレースクール」にも行ってきた。
4歳~18歳の200人の生徒が居て、クラス分けもカリキュラムもチャイムもなし。
「自由」だけど、徹底的にまで「責任」を持たされる一個人としては厳しい環境。
もう40年以上続いてる学校で、職人やアーティストのような専門職に行く子も多いけど、大半の子は大学に進学するんだとか。
もちろん自分の意思で。
フロリダの「グラスルーツスクール」も移住者でできたコミュニティのアットホームな学校でよかった。
廃材天国の生活において一番大切なのは「自分の意思で決定」して生きていく事。
やりたい事をする。
したくない事は断る。
欲しいものを買う。
欲しくないものは買わない。
極めてシンプルやけど、それを決めるバックボーンには現代社会の複雑な軋轢がある。
いくら安くても、外国でのプランテーションで搾取するような商品は応援したくないし。
原発のエネルギーも使いたくない。
「んなこというたって、、、。」的な諦めはダサい。
もちろん現状ではガソリンだって、原発の電気だって使いながらであろうとも、「嫌なもんは嫌!」、「おかしい事にはおかしい。」と意思表示する。
原発の電気が3割入った電気を使ってる以上は電力の言いなりっていう論理はない。
と、自分の意思で決めて生きていくということに関してはしょうたくんは24歳にしてかなりのレベルに到達してる。
若いから、ファッションやアクセサリー、スマートフォン、、、という買うことで得る満足を卒業してる。
あっこちゃんの物欲を卒業してるレベルまではいかないけど、、、。
今回、たくさん給料をもらっても「余ってたらタオル頂けますか?」とちゃんと遠慮なしに聞く。
もちろんタオルなんかもらいものでたくさんあるし、Tシャツ、プレミアムビール、解体現場で取ってきたメジャー、、、とあるもので彼に必要なものを色々あげた。
この遠慮ナシというのは大事やで。
僕の廃材建築の原点である、解体現場に行く姿勢もそう。
「絶対にタダでは帰らん」という強烈な意思。
この煮えたぎるようなエグイ程のモチベーション。
これが廃材天国をあらしめてるゆえんだ。
こういう言い方は好きなじゃない人もいると思うので言い替えると、、、。
「何があろうとも絶対に生きていく!」という生き物として当たり前のもの。
気持ちが凹むとか、やる気が出ないとかいう悩みなんぞママゴトにすぎない。
自分で設定してる「〇〇ごっこ」やからね。
たかだか何十年の命。
僕はこの自画自賛ごっこで自分にスイッチを入れてるだけやからねー。
一番最初に来廃したのはまだ廃材天国が建設中の07年。
稲刈りの時やった。
その時は2、3日。
次は翌年の大勢での手植えの田植え。
その後、長期で自給的な生活、薪の生活、廃材建築などを経験するために居させて欲しいということで半年ぐらい色々手伝ってくれた。
ウチの後もアチコチ行って経験を積んで、今回の廃材建築にはちゃんと日当を払う約束で呼んだ。
実際一ヶ月半近く居てもらって、廃材建築はもとより田植え、ピザの出店など、色々手伝ってもらった。
ほんとに助かったーーー。
自給自足や廃材建築よりも何より、ウチと彼の繋がりは「デモクラティックスクール」。
姫路のちょっと北にある市川町の「まっくろすろすけ」の卒業生と彼は仲がいい。
僕も05年にまっくろくろすけに行って衝撃を受けて、本家デモクラティックスクールのボストンにある「サドベリーバレースクール」にも行ってきた。
4歳~18歳の200人の生徒が居て、クラス分けもカリキュラムもチャイムもなし。
「自由」だけど、徹底的にまで「責任」を持たされる一個人としては厳しい環境。
もう40年以上続いてる学校で、職人やアーティストのような専門職に行く子も多いけど、大半の子は大学に進学するんだとか。
もちろん自分の意思で。
フロリダの「グラスルーツスクール」も移住者でできたコミュニティのアットホームな学校でよかった。
廃材天国の生活において一番大切なのは「自分の意思で決定」して生きていく事。
やりたい事をする。
したくない事は断る。
欲しいものを買う。
欲しくないものは買わない。
極めてシンプルやけど、それを決めるバックボーンには現代社会の複雑な軋轢がある。
いくら安くても、外国でのプランテーションで搾取するような商品は応援したくないし。
原発のエネルギーも使いたくない。
「んなこというたって、、、。」的な諦めはダサい。
もちろん現状ではガソリンだって、原発の電気だって使いながらであろうとも、「嫌なもんは嫌!」、「おかしい事にはおかしい。」と意思表示する。
原発の電気が3割入った電気を使ってる以上は電力の言いなりっていう論理はない。
と、自分の意思で決めて生きていくということに関してはしょうたくんは24歳にしてかなりのレベルに到達してる。
若いから、ファッションやアクセサリー、スマートフォン、、、という買うことで得る満足を卒業してる。
あっこちゃんの物欲を卒業してるレベルまではいかないけど、、、。
今回、たくさん給料をもらっても「余ってたらタオル頂けますか?」とちゃんと遠慮なしに聞く。
もちろんタオルなんかもらいものでたくさんあるし、Tシャツ、プレミアムビール、解体現場で取ってきたメジャー、、、とあるもので彼に必要なものを色々あげた。
この遠慮ナシというのは大事やで。
僕の廃材建築の原点である、解体現場に行く姿勢もそう。
「絶対にタダでは帰らん」という強烈な意思。
この煮えたぎるようなエグイ程のモチベーション。
これが廃材天国をあらしめてるゆえんだ。
こういう言い方は好きなじゃない人もいると思うので言い替えると、、、。
「何があろうとも絶対に生きていく!」という生き物として当たり前のもの。
気持ちが凹むとか、やる気が出ないとかいう悩みなんぞママゴトにすぎない。
自分で設定してる「〇〇ごっこ」やからね。
たかだか何十年の命。
僕はこの自画自賛ごっこで自分にスイッチを入れてるだけやからねー。
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