廃材天国HP

2013年08月13日

夏の旅、滋賀編

京北町の雅の所から、彦根の野遊の従兄の所へ回らずに、北上。
京都から滋賀に入ってすぐの所。
はるやが去年引っ越しをした場所。

まさに今、家を建ててる真っ最中。
「どっぽ村」という建築と農業の集団に相談して。

http://kadoya.ashita-sanuki.jp/e677892.html
出発前の説明。

標高500mの山中に広い土地を見つけたはるや一家。


これは仮住まい用の家。
ここに住みながら、本宅を建ててる。


こっちが建設中の本宅。
豪雪を考慮して、高床式の下に薪を置いたり、作業が出来るスペースを確保してる。


基礎(と言っても、石の上に柄を置く伝統工法)や構造、屋根だけを大工さんにやってもらって、土壁塗ったり、外壁張ったり、床張ったり、コツコツ自分たちで作業を進めてる。


この新型の足場がカッコイイ。
こういうのに憧れる。


風呂やトイレは一階部分に作るんだそう。


これが2階と2、5階になる大きい空間。
キチンと組まれた仕口、すべて無垢材、グラスウールやスタイロフォームはナシ。
超気持ちのいい家。
自分ではマネしようとは思わないけど、やっぱり伝統工法は素晴らしい。


歩いてすぐに前の川で遊べる。
冷たくて気持ちいい。


小さい仮住まいは大勢で押し掛けたので、満員になった。
やっぱり手作りのご飯が美味しい。
同じ手作り派でも、よそで食べると色んなものが新鮮。
漬けものも微妙に違ってて、これが絶品。


建ててる家から更に高台に、これもどっぽ村の若い大工さんの仕事の東屋があった。
ここに小さく軒を伸ばして、かまどを作ることになった。
行く前から、土壁の材料が残ってて、何か作れる?と聞いてはいた。


はるやが10年以上昔にやってた店の廃材を使ってパパッと作った。
材料は何でも、置いとくと使えるもの。


これまた敷地内の石をみんなで運んで、土を詰める。


土を練って、ブロック状にして、積み込んでゆく。

http://haruyanahibi.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-4353.html
その様子をはるやのゆみえさんがブログに書いてくれてる。
その4まで。


はるさんや子どもたちも手伝ってくれて、何とか一日で出来た。


僕とはるさんが作業中、子どもたちはちょっと離れたいいスポットに遊びに行ってた。


こっちは深くて飛びこめるので気持ちよさそう。


これは何と風歌くんが手づかみで獲ったアマゴ。


帰ってくると家の中では、野遊と太郎くんがひたすらマンガを描く。


この二人、屋根の上でもマンガを描く。
似たような年齢で興味も似てれば、お互いに触発しあう。
こういうのは見てても楽しい。

廃材天国も狭くはないけど、たかたが600坪の市街地郊外の田んぼを利用して建てた。
はるやの土地は何千坪という広大な土地。
しかも周りは森。
間伐してる杉など自由に使ってもいいそう。
間伐材というと細いのかと思ってたけど、捩じれた木は製品にできないので、価値がなく太いのでも伐採されてた。

目の前はアマゴの獲れる美しい川。
心底羨ましい。
でも、ないものねだりはしない。

たったの1週間留守にしてた、丸亀の廃材天国に帰ってきてそう思った。
「久し振りの家やーーー。」と子どもたちも口ぐちに喜びの声を発する。
やっぱり自分家がいい。
何しろ自分にとって、快適なように作ってあるから。

そう再認識するためにも旅っていい。
他の家族、違う価値観、色んな環境。

ゆみえさんのブログの中で面白いことが書かれてた。
太郎くんが、お互いの家族の共通点を「家族で楽しいことしてる所。」と言ってたそう。
これは名言や。

楽しくないと続かない。
しかも、いつも一緒に居る家族で価値観がかけ離れてると大変。

一緒に作業する。
一緒にご飯作る。
一緒に食べる。

その何でもない日常に価値観の共有ができる。
前回の日記でも書いたけど、京都の街中のレストランよりも家で食べるご飯の方が遥かに美味しい。

自分で一から作っていれば、家のごはんが「何で美味しいか?」ということも、店のごはんが「何で美味しくないか?」ということも理由が分かってしまう。
今回の旅で、子どもたちは素晴らしい仕事をしてる店のご飯は美味しいということも知ったのもよかった。

やっぱり旅はいい。
これからも年に一度はこうして、初めて訪れる場所に行こう。
そのためにも自由な生活は辞められない。

いくら出店を頼まれようが、廃材建築の依頼が来ようが、家族の時間がなくなってまでそれらを優先する理由がない。
これは「稼がないと生活できない」という順番を変えたから実現したのだ。

生活=生きること=医食住、エネルギー。
これらは自分の体を駆使して成し遂げる。
そしてそれを妨げる自由な時間を明け渡すことは、何を差し置いても絶対にしない。

同士の生活に触れ、益々意を新たにした。
とはいえ、淡々と薪でご飯炊く生活は何も変わらない。


帰ってすぐ、大量のネギを頂いた。


白い部分でネギ醤油を作って、ドレッシングに。


ほとんどネギ!
ネギとじゃがいものグラタン。

暑くても、この快適生活は辞められない。




  

Posted by 陣 at 14:51Comments(0)

2013年08月12日

夏の旅、京都編

京都、滋賀の旅から帰った。

天ぷらカーも好調に走ってくれた。
と言っても、走行距離たったの760㌔。
天ぷら油も4、5本ぐらいのもの。

琵琶湖半周を取りやめてたので距離が短くて済んだ。
雅の京北町から、野遊の従兄のいる彦根まで行って、また滋賀の朽木村のはるやまで帰ってくる予定だった。
子どもたちには長い車の移動は退屈でしかたない。
しかもこの暑さやし。
またお盆にはあっこちゃんの実家で従兄たちには会えるからということで。


京北町に居る妹の雅は「かめのみみ」という屋号で、自分の育てた野菜を使ってケータリングや出店で現金収入を得ながら自給自足的な暮らしを営んでる。
雅とみかおちゃんという2人のユニット。


鮎の炭火焼でもてなしてくれた。
これはみかおちゃんの旦那の獲った天然の鮎。
山椒の実と佃煮にしたのも最高やった。

子どもたちは感動して、翌日釣りに行こうと盛り上がった。
その後一杯やりながら、旦那と子どもたちは釣りの仕掛け作り。
テグスに針をくくりつける所から。


雅の畑にはミミズがわんさか。
さすが「自給農法」と称するだけのことはある。
野菜もよく出来てた。


歩いて行ける小さな川でジャコを狙った。
早速、土歩がたて続きに2匹釣り上げた。


野遊も負けじとどんどん釣る。


これは子どもたちにとっては、爆釣(バクチョウ)と言える釣果。
先日の海釣りでは半日で3匹という結果でも大喜びだったけど、こんだけ釣れると楽しくってしかたない様子。


にこちゃんも捌くのに興味津津。
とにかく「やらせて~。」の連発。
釣った魚を捌いて食べる。
こういう一連の作業が「遊び」から、「仕事」や「生活」に繋がるようになってくる。


唐揚げにして食べた。
身が柔らかくて、海で言うとベラのような身なので、唐揚げが一番なんだとか。


「自給農法」の師匠でもある、かつての「畑カフェおいしい」の糸川さんも来ての宴会。
ジャンさんや光くん家族も合流して、大所帯になった。
道中、京都の街中でレストランにも行ったけど、こっちの方が遥かに美味しい。
自給自足実践者の持ち寄りぐらい高レベルの宴会はないぞ。


2泊で京北町を後にした。

滋賀の朽木のはるやを目指す前に、「自給農法」の開祖である糸川さんの所にも寄った。


糸川さんはうり坊を飼ってて、超なついてた。
山から迷い込んできたんだと。


元々、土建屋の資材置き場で、コンテナや電柱などが放置されてた所を徐々に片づけながら、廃材で小屋を立てながら、畑を開墾しながら。
もう、3年も現在進行形でその作業を続けてる。


家というよりは、小屋と言った方がしっくり来る。


立派な京地鶏を飼ってる。


PCと証明はソーラーパネルからバッテリーに蓄電して賄う。
電動工具などの大きく電力を使うものは発電機。


水は沢の水が道路の側溝に溜まるのを小さな電動ポンプをバッテリーで動かして汲み上げてる。
水質は結構よかった。

料理は自給自足生活者ご用達の「時計型ストーブ」に薪をくべてやってる。
要するに、電気、ガス、水道という3本のインフラなしでの生活。
そういう条件はうちも同じ。
でもウチの廃材ソーラーや超便利快適なステンレスカマドからすれば、かなり不便に見えるこの生活を一人でされてるのに感動した。


野菜も色々よく出来てた。
最初はゴロゴロの石をどけながらやってたのを、最近では石があるのを容認してそのまんま植えてるそう。
採れたての野菜を毎回料理するので冷蔵庫も要らないと。

ウチの「自給自足合宿」とはまた違い、糸川さんは「開拓ランド」と名付けて自給自足を目指す者を受け入れる予定。
泊まれる場所が出来次第受け入れを開始するんだとか。

全国にはこういう猛者がたくさん居る。
ただ、弟子入りなり、ウーフ的な滞在を受け入れてるかどうかは別。
「見学に行きたい。」
「体験したい。」
そういう者は受け入れ先の都合をよく聞いて、迷惑にならないように行け!

「本気で学びたいです!」とかメールでなら誰でも書けるぞ。
ヨソの一家庭に見ず知らずの者が世話になるのだ。

「そこまでガムシャラに働いて倒れられても困るし!」というぐらいで丁度いい。







  

Posted by 陣 at 10:55Comments(0)

2013年08月04日

京都、滋賀へ出発

さあ、今日は京都、滋賀への旅に向けて出発。

京都は京北町で自給自足しながら、自然食のケータリングで生計を立ててる妹の雅の所。
滋賀はあっこちゃんの妹の所、野遊や土歩の従兄の所。
最後はいつもお正月開けに来てくれる「はるや」の所。

http://haruyanahibi.cocolog-nifty.com/blog/
はるやのブログ

丁度、はるやは家作り真っ最中!
滋賀でも彦根の方のあっこちゃんの妹の所とは反対の山深く、冬は大雪の村。

セルフビルドではないけど、「どっぽ村」という所の大工さんに基礎、構造、屋根なんかはやってもらい、土壁塗ったり、床張ったりは自分らコツコツやるスタイル。

http://doppo.jpn.org/
建築×農業を看板にした「どっぽ村」のサイト

うちの土歩と違い、ひらがな。
更にうちと大きく違うのは、設計士も大工さんもプロの方たちが携わってるという点。

似てる所も多い。
家作り、田んぼ、陶芸、木工、染色、と様々な部門があり、仲間たちで自給自足できる村作りを目指してる。

うちの場合は個人的に、医食住、エネルギーの自給を実現した。
どっぽ村は本当に「村」と呼べるぐらい大きな単位。
ヤマギシのように、本当に集団で自給自足する村ではなく、拠点はあるもののアチコチに出かけて行って家作りをしたり、ワークショップ的に指導したりしてる。
はるやの家作りもその一つなんだそう。

最初の建前までは大勢でバッとやって、後は若い見習いの大工さんとはるやの家族でコツコツやるというスタイル。

「ハセヤンの廃材王国」や「秋山陣の廃材天国」だと、ニッチ過ぎてて、中々後続者が出にくいという難点がある。
でも、この「どっぽ村」の場合は、「仕事をしてて、セルフビルドまでは、、、。」という人でも、「自分で積極的に家作りに関わりたい」と思えば、様々な形で相談に乗ってくれるよう。

国からお金借りて、工務店にお願いする。
これ以外の選択肢が、うちのような破天荒なやりかたじゃなく、きちんと存在してることが希望。
どっぽ村以外でも田舎なら実現可能な集団だけに、今回の旅はその現場を味わうのも楽しみの一つ。

僕の実家は築90年を超えて健在。
ひいおじいちゃんとおじいちゃんが琴南(香川の南部)まで牛に大八車を引かせて梁や桁となる松を買いに行く所からやったとか。
目の前の金倉川に松を浮かべて皮を剥いたそうな。
もちろん大工の棟梁は居て、下手間は家族や近所の人にも手伝ってもらって。
竹の小舞(土壁の下地)を編んだり、土壁錬ったり、瓦を運んだり、、、何年もかけての家作りだったそう。

昔はみんなそういう「結」のようにして家を建てた。
重機も電動工具もない、オール手作業の時代にはそれしか選択肢がなかった。
今はこうして、選択肢がたくさんあるのだ。

選ぶのだ。

自分の好みで。

後悔せぬよう。

納得のいくよう。

責任をもって。

家作りとは、どんな形であれ最高に楽しい一大イベントなのだ。
「廃材だけで、」とか、「自分一人で、」というのは、「出来なくはないよ。」という選択肢を隠そうとする陰謀に対するアンチテーゼ。
僕一人の持つ情報ごときでも、全国に色んなやり方で色んな生活をおくる者がわんさと居る。
その「色んな」というバラエティーは着実に増す一方。

創れ!
自分のスタイルを。

土地がない?
金がない?

なら夢を語れ!

PCやスマホの中だけじゃなく、電話をかけろ!
自分の足で動け!!!

自分の想いは実現する。
「出来る」というのも、「出来ない」というのも、、、。


天ぷらカー、マツダボンゴ。
天ぷら油の予備7本。
テント、寝袋。
お米20㌔。
ビール2ケース。
腰袋に地下足袋、差し金などの細かい道具から電動工具まで大工道具一式。
天ぷら油のフィルター、整備用工具一式。

今回は一週間弱の小規模な旅なので、荷物はこのぐらい。
ルーフキャリアに乗せるまでもなく、車内で収まった。

去年の天ぷらカー導入直後の長旅は屋久島を目指した。
2週間で約2500㌔走った。

http://kadoya.ashita-sanuki.jp/e551447.html
そん時の日記(長いよ)

畑の水やりがーーー、とか思ってたら、出発前の朝(今現在)土砂降りの朝立ち!
今回の旅は幸先ええな!!!
  

Posted by 陣 at 05:22Comments(1)

2013年08月03日

バジル穂の醤油漬け


バジルがよく育ってる。
次々に出る穂は放っておくと、種になってしまう。
そうなる前に、摘み取って捨ててる。


摘み取る量は多いので、全部は利用できない。
少量だけ醤油漬けにする。


一昼夜でこんな感じになる。
生だと葉と違って、苦味の強い穂の部分も醤油に漬かると美味しくなる。
とは言え大人の味。
玄米ご飯に乗せると合う。
でも、子どもたちは食べない。



桃の季節が終わり、スイカの季節。
親戚のおばちゃんの作ったのを頂いた。

最初はそのまま食べた方が感動的な美味しさ。
作業中の昼間のクールダウンと水分補給には最適。


これはスイカゼリー。
ゼリーと言っても、マクロビ仕様は動物性のゼラチンを使わない。
寒天の葛粉で固める。
この二つのバランスが重要だそうな。

自然海塩を振ると塩分の補給にもなる。
炎天下での昼間の作業中に、お茶や水ばかり飲んでるとダルくなってくる。
そうなる前に塩分を補給する。
一番いいのは梅干し。
一番いけなのはスポーツドリンク。
要らない糖分が山盛りやからね。

一番いい日本人の夏のドリンクは甘酒。
もちろん米と米麹だけの。
麹菌や酵母菌の活きた発酵食品。
なおかつ多糖類の甘酒はゆっくりと吸収されるから、身体にやさしい。
「飲む点滴」とか言うそうな。

コレが絶対的に体によくて、アレが間違いなく体に悪いというのは根拠のない言い掛かり。

うちら夫婦は自分の体で実験した結果、「こっちの方が調子いいわー。」という判断で今の食生活に至る。
しかし、男と女という性質の違いや労働の違いによって必要な塩分量も違う。
味付けを万人共通にすることなど出来ないのだ。

ご飯と野菜中心の食事だけじゃなく、こういう飲み物や塩分の取り方、糖分の断ち方。
これで健康で自由な生活がおくれるのだ!

健康とは特別な理想の状態じゃあないぞ。
生まれながらにして人間は健康だし、少々の病気や怪我は自然治癒で直る。
ほっといたら健康になっていまうこの心身を病気にするなど困難な事。

それを現代の類稀な努力をもって、病気にせしめてるのだ。
その努力を辞めようぜ!!!






  

Posted by 陣 at 08:01Comments(0)手作り、無添加

2013年08月02日

パウプハウスの屋根完成

パイプハウスの屋根の施工が進んでる。


例の真っ黒けのタールの接着剤を塗る。
これは発癌性バッチリ。
シックハウスを気にするような施主には完全にNG。
天然素材の対極の代物。

二階の工房や廃材ソーラーの乗ってる大きな軒にも使ってる、木の電柱もそう。
あの電柱をチェーンソーで切った時と、このボンドは同じ臭い。
臭いで言うと、木材に塗るクレオソートなんかが一番強烈。
今では販売中止になってるけど、解体現場から取ってきてうちにはストックしてある。

これらは全然ロハスじゃない。
ではナゼ廃材天国で採用するのか?

電柱や枕木は、今流行りのエクステリアのために防腐処理をされたんではない。
何十年と電信柱として、線路の下で、頑強に劣化せずに耐える事を求められた。
今ではコンクリートに取って変られて淘汰された。

たまたま今では枕木は一本数千円というプレミアム品になった。
電柱なんか探しても、中々ない。
でも、僕が廃材建築を始めた13年前にはジャンジャンもらえた。
一軒目の廃材ハウス、二軒目の陶芸の工房や軒の柱として、電柱は重宝した。

廃材建築にスイッチの入った「廃材王国」という本に、枕木や電柱で建てられてたというのが大きい。
著者のハセヤンは基礎に使ったコンクリートの砂利は道路のカーブしてる部分に溜まってるのを軽トラで集めて回ったそう。
そういう、現代では考えられない行動にシビレた。
「家は5年に一回建てればいい!」という金言にも参った。

石の上に柄を置き、木を組み合わせる伝統工法。
本来の木造建築には防腐剤も塩化ビニールのクロスも要らない。

僕はその素晴らしい伝統の粋を目指さないで、「家なんて、なんちゃってでいいじゃん。」という捉えかた。
廃材建築は自分のライフスタイルの象徴でもあるのだ。

解体現場に通い、グラスウールの断熱材で痒くなりつつも、一軒目の工房の屋根の断熱に使った。
アスベスト入りのスレートだって、喜んで剝して使った。
当時は実際に金もなかったし、絶対に買わないという姿勢で家作りに臨んだ。

廃材天国と命名した二軒目の今の家だって、木は一本も買ってないし製品としての材料は買わない。
買うのは砂や砂利ぐらい。
その建築現場において、基礎とか屋根という部分はすっごく大事なのだ。
しかも、今回のように23、4坪もある倉庫の屋根が廃材の折半板とアスファルトのシートで葺けるというのはアメージング。
そのシートの施工に必要なボンドがタールの塊で、「発癌性があるから使いたくない。」とか神経質な事は言ってられない。

もちろん毎日寝起きする部屋の中なんかには使いたくない。
倉庫の屋根や工房の基礎に多少あっても、大丈夫。
ビニールクロスに囲まれた高気密の家なんかよりも、ウチの母屋の方が超快適やし。

という自分独自の価値観によって、何を使うか?何を買うか?買わないか?を取捨選択する。
この家は僕の選択の結果だし、どの家だって施主の価値観で選択されてる。


一部熱でニチャーッとくっついてて、剝すのに手こずった。


敷き始めると速い。
昨日は子どもたちが居なくて、一人の作業なので困難な面もあった。
そりゃ、一人でやるより誰かに持ってもらった方が超効率いい。
でも、廃材建築で自分の家を建てるのは基本一人。
他を頼ってはいけない。


上まで敷き終えた直後に夕立ち。


棟の仕舞いがまだやけど、全然もらない。


ガタガタの折半とアスファルトのシートのコントラストがいい。


こんだけ左右非対称という建造物も珍しい。
キカイダーとか阿修羅男爵を彷彿とさせる(古すぎ?)。

いやーーー。
パイプハウスそのものも廃材やし、この広さの屋根が全て廃材で出来たことが感慨深い。
最初は農業用のビニールを張ってた。
台風で飛ばされたので、また張った。
それも台風で飛ばされた。
3回目張るのがおっくうで、数年間は骨だけで放置してた。

いきつけの金物屋から折半の廃材をもらってためて、いつかはパイプハウスの屋根にしたいなーとか妄想してた。
全部は足りないけど、張り始めてからアスファルトのシートが来た。
計算も計画もしてないけど、張ってみると半々になった。

最初のスタートはしょうたくんが居たんで手伝ってもらった。
その後は合間をみて一人でコツコツやってた。

家は素人が一人で始めても建てられる。
頭を柔らかくすれば。

一人で作れないのは子どもだけだぞ!!!
  

Posted by 陣 at 07:05Comments(0)廃材ハウス廃材建築